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東京高等裁判所 昭和57年(う)1297号 判決 1983年9月06日

被告人 石川勝己

昭二四・一二・八生 硝子美術店店員

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人柏木秀夫、同弓仲忠昭が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官小川源一郎が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第二の論旨及び同第一のうち審理不尽、理由不備をいう論旨について

所論は、要するに、原判決は、被告人に酒臭を感じたとする原審証人井ノ口勝の供述を採用しながら、被告人の飲酒事実の有無については全く触れず、また警察官は嘘をつかないとの予断を抱き、これに抵触する証拠、特に、被告人作成のメモ・供述書及び弁護人請求の原審証人石川勝利ら六名の各供述の信用性について具体的な判断を示さなかつたから、原判決には審理不尽、理由不備の違法があるし、さらに、弁護人の鑑定、検証請求を採用しなかつた原審には審理不尽の違法があると主張する。

しかし、有罪判決の証拠説明の方法としては、証拠の標目を示せば足り、証拠の信用性に関する判断は必ずしも要求されていないのであつて、本件において、所論のような証拠の信用性について原判決が判断を示さなかつたことが、審理不尽、理由不備となるものではない。また、原判決が、被告人に酒臭を感じたとの井ノ口供述を採用しながら、飲酒事実の有無等の点について全く触れなかつたとしても、それは原判示事実認定に必要な限度で証拠説明を加えているにすぎないと思われ、本件において、この点が審理不尽、理由不備になるとは考えられない。また、証拠調べ請求を採用するかどうかは裁判所の裁量に属するものであり、原審審理の経過等に照らせば、所論の鑑定、検証請求を原審が却下したことが、その裁量権の範囲を逸脱したものとは認められないから、この点においても原審に審理不尽の違法はない。以上、原判決には、有罪判決として必要な理由の記載に欠けるところはなく、また、原審ないし原判決に審理不尽の違法も存しない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第一のうち事実誤認をいう論旨について

所論は、要するに、被告人は、アルコール過敏症の体質で元来酒が飲めないし、本件の際も現にアルコールを全く飲んでいなかつたから、井ノ口ら取締警察官が被告人から酒臭を感じることはありえず、被告人には外見上酒気帯び運転を疑わしめる客観的徴候はなかつたし、また被告人の本件アルコール呼気検査の拒否は、警察官井ノ口の職務行為に籍口した違法不当な有形力を伴う検査強制に向けられたものであるから、被告人は無罪であるのに、原判決が、証拠の評価を誤つて審理不尽の違法を犯した結果、被告人の口元から酒臭を感じたとの井ノ口供述を採用し、右酒臭をもつて酒気帯びを疑わしめる客観的徴候であると認定し、かつ、井ノ口警察官の被告人に対する違法不当な有形力の行使の事実を否定する一方、一定の実力行使は存在するが、それは未だ不相当な行為ではなく、公務の適法性を否定できないと認定したのは事実誤認であり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。

しかし、原判示罪となるべき事実は、原判決のかかげる証拠により優に認定でき、所論にかんがみ記録を精査し、当審での事実調べの結果に徴しても、原判決には罪となるべき事実の認定及び警察官の有形力の行使に関し所論のような審理不尽に基づく事実誤認はない。所論にかんがみ以下説明する。

本件においては、警察官が被告人に対し、道交法六七条二項による呼気検査を求めた職務行為の適法性が争点であり、右の職務行為の適法性を判断するについては、1、その際に呼気検査を必要とする客観的状況が存したか否か、及び、2、その際の警察官の有形力の行使が、右の客観的状況に照らし相当とされる限度内のものであつたか否か、以上の二点から検討するのが相当である。

1  呼気検査を必要と認める客観的状況の存在について

(一)  まず、以下の事実については、被告人も認めるところであり、証拠上も疑いがない。

被告人は、昭和五四年一一月二七日午後七時ころ東京都内渋谷駅付近の喫茶店で待ち合わせた友人後藤朱美と共に午後八時ころ被告人運転の普通乗用自動車で目黒のそば屋に入つて食事をしたのち、午後九時すぎころ同女をそのアルバイト先の都内赤坂所在のサパークラブ悟楼付近まで送り、被告人も自車を駐車場に入れてから同店に入つた。同店は、被告人が従前からボトルをキープしていたなじみの店であつた。被告人は、翌二八日午前零時一〇分ころ帰宅のため同店を出て駐車場から一人で自車を運転し、同日午前零時三〇分ころ赤坂溜池交差点を左折して本件現場である同都千代田区永田町一丁目六番地先の道路にさしかかつた。同所では、折から警視庁第四交通機動隊第一中隊第一小隊長鶴岡卓治警部補の指揮下に井ノ口勝巡査、重信巡査ら六名の警察官が酒酔い・無免許運転の一斉交通取締りを実施していた。被告人車は重信巡査に選別、誘導されて道路左側に停止した。井ノ口巡査は運転席の被告人に対し飲酒しているかどうか質問した。その後被告人は約二〇メートル離れた位置に駐車していた検問車(マイクロバス)の乗車口付近に至り、酒気帯び検査のため水でうがいをしたものの、次いでそのまま移動して自車に戻り、運転席に座つた。井ノ口巡査の報告により検問車内にいた鶴岡警部補も出て来て被告人に対し検査を受けるように再三説得したが、被告人は、「腕を引張られたから拒否する。謝罪すれば検知に応じる」旨述べて検査に応じなかつた。結局被告人は同所で警察官の呼気検査を拒否した現行犯人として逮捕された。

(二)  ところで、右井ノ口、鶴岡の各原審公判供述及び被告人の原審公判供述、被告人作成のメモ・供述書の要旨は、原判決掲記のとおりである。要するに、井ノ口供述は、被告人に酒臭を感じ、飲酒の有無について質問するうち被告人が食事の時にウイスキーをちよつと飲んだ旨答えたので、酒気検査をする旨告げると被告人は素直に降りて検問車の所まで来たが、うがいのあと急に反転して戻りかけたので追いかけて腕を取つたが、すぐはなしたのであり、当初降車から検問車に至るまでの間に被告人の腕をもつて強引に引張つて行つたことはないというものであり、鶴岡供述は、被告人が任意にうがいをした直後反転して行つたのを車内で見ていたが、その後報告を聞き、被告人車の所へ行つたところ、被告人に酒臭が感じられ、逮捕後の午前二時半ころの取調べ終了時点でもまだ臭つていたというものである。これに対し、被告人は、元来自分はアルコールに弱い体質で、少しでも口をつけると苦しくなり、吐いたり、頭が痛くなるなどの症状が出るので、酒は全く口にせず、本件当日も全く飲酒していないし、自分が飲めないことは家族は勿論、友人達や悟楼の店の人も知つているというのであり、また、本件の経緯についても、井ノ口巡査に「飲んでますか」と質問され、冗談で「飲んでいるかな」と答えると、同人は運転席の自分の右腕を強くつかんで引張り出し、そのまま引きずるように検問車の方に連行しようとするので、自分はその右腕を引張つて自車に戻り、エンジンを止めライトを消したものの、さらに同人に両手で抱きかかえられ引き上げるように検問車の入口まで連行され、右腕をつかまえられたままうがいをさせられたのであり、自分は同巡査の取扱いに憤慨し、同所で謝るまでは検知を拒否するといい、自車の方に戻ろうとすると、同巡査に腕をつかまれ、振りほどくと再びつかまれ、他の警察官からもつつかれるなどしたが、そのうち被告人車の方に移動したので乗車した旨述べている。

(三)  そして、被告人の高校以来の友人である川瀬哲生、五十嵐保雄、前記悟楼の経営者であつた五十嵐孝雄、当時の同店の経営者相原浩、被告人の父石川勝利、前記のように同夜被告人と食事をともにしその後も悟楼で一緒であつたという後藤朱美は、いずれも、原審で証人として取り調べられた際、被告人は酒は飲めないし、酒が出ていても口はつけず、飲んだところを見たことがない旨、さらに後藤朱美、五十嵐孝雄は、同夜も被告人がアルコールを口にするのは見ていない旨被告人の供述にそう供述している。

一方、昭和四九年ころ被告人と三か月間位一緒に仕事をしたことのある原審証人中川誠一郎は、被告人と勤務後二、三回一緒にビールを飲んだことがあり、被告人が酒に弱いとも強いとも感じなかつた旨供述し、悟楼でマスターとして稼働したことのある多田義人は、検察官調書(刑訴法三二八条書面として取調べ)において、被告人は二、三時間にウイスキー水割六ないし八杯程度飲んでいた旨供述し、前記被告人や証人らの供述とは明らかにくい違う内容となつている。

(四)  そこで、まず、本件当時被告人に酒臭があつたかどうかについて検討する。

当審で取り調べた鑑定人原田勝二作成の鑑定書、同人の当審供述によれば、被告人から採取した毛髪を使用してのアルデヒド脱水素酵素の型判定検査及び飲酒実験によるエタノール、アセトアルデヒド代謝能測定の結果、被告人のアルデヒド脱水素酵素(ALDH―I)は活性の全くない欠損型であり、飲酒実験による測定値と症状は右欠損型に特有のものであり(顔面紅潮、心拍、呼吸数増加、頭痛、嘔吐、悪心の不快症状)、かつ、その程度は欠損型の平均的データよりも高く、強度で、少量の飲酒でも直ちに不快症状が出現するとされ、結局被告人は生来のアルコール不耐症であるとされた。これによれば、被告人の平素の飲酒の有無に関する被告人の供述部分及びこれにそう前記川瀬哲生らの原審供述部分は強い根拠を付与されるものと考えられ、他方、これに反する前記中川供述、多田の検察官調書はそのまま信用しがたいといわざるを得ない。また本件当夜も飲酒していなかつたとの被告人の供述部分、これにそう後藤、五十嵐孝雄供述部分も右鑑定により相当証明力を増強されたと考えられる。

しかし、一方、生来のアルコール不耐症者であればアルコール飲料を全く口にしないとは直ちにいえないこと(前記原田供述)、被告人は、右鑑定の際、不快症状が強く発現したとはいえ、ともかく五一ミリリツトルのウイスキーを六、七分位で飲めたのであり(前記鑑定書、原田供述)、被告人の友人川瀬は、大学一年のころ被告人がなめる感じでビールに口をつけていたのを二回見たことがあると述べ、同じ友人の五十嵐保雄及び父親石川勝利の供述によつてもそのうちの一回について確認し得ること、本件当夜前記後藤、五十嵐孝雄が被告人の飲酒を目撃していないとしても、悟楼では、被告人は日ごろボトルをキープしており、当夜も被告人に一応ウイスキー水割が出されていたのであるから、これに口をつける機会がなかつたわけではないことなどに徴すれば、本件当夜被告人がアルコール飲料に口をつけた可能性を全く否定することはできない。さらに、警察官鶴岡、井ノ口は、たまたま交通取締中に初対面の被告人を検挙したのであり、呼気検査が実施されて被告人に酒気帯びの嫌疑が解消すれば、当然に被告人を帰宅させる措置を採つたと考えられ、本件現場において巧みに酒臭存在の事実をでつち上げるとともに、宣誓のうえことさら虚偽を述べて被告人を罪に陥れるとは通常考えにくいこと、両名の供述内容も極めて具体的なものであり、両者が一致して酒臭を感じた旨供述していることなども合わせ考慮すると、右両名の酒臭に関する供述部分の信用性を容易には否定しがたいと思われる(なお、飲酒による顔面の紅潮については、飲酒量等により発現・持続状況が異なり、精神的シヨツクを受けること、例えば警察官の取締に会うことなどにより変化を生ずる可能性もないではなく、また被告人のエタノール代謝は遅いから、顔面の紅潮が消失後においても酒臭が残ることもないではないと思われ、取調べ終了後において、顔は赤くなかつたが依然酒臭を感じた旨の鶴岡供述部分が明らかに不合理、虚偽であるとは断じがたい)。しかしながら、前記のように被告人の供述部分やこれにそう関係証人の供述部分は相当の根拠を有するものであり、前記そば屋及び悟楼以外に被告人の飲酒の機会が証拠上窺われない以上、その信用性を排斥して右井の口、鶴岡の酒臭に関する供述部分をそのまま信用するには躊躇が感じられるといわざるを得ず、結局、証拠上、本件当時被告人が酒臭を出していた可能性はあるものの、その存在を断定するには十分でないと考える。

(五)  しかしながら、本件において、被告人が責任を問われている犯罪は、酒酔い運転(道交法一一七条の二第一号)あるいは酒気帯び運転(同法一一九条一項七号の二)の罪それ自体ではなく、道交法六七条二項による呼気検査を拒んだ罪(同法一二〇条一項一一号)であることに注意しなければならない。酒気帯び運転の罪であれば、その際に運転者は、呼気一リツトル中少なくとも〇・二五ミリグラム以上のアルコールを保有している状態にあることが必要とされているから、その程度は通常酒臭が他人に感じられる程度のものであろう。したがつて、酒臭が感じられるか否かは、犯罪の成立を認定するについて極めて有力な証拠であることは疑いない。酒酔い運転についても、同様のことがいえるであろう。しかし、本件のように、呼気検査を拒んだ罪においては、実際に運転者が身体にアルコールを保有していたことは、必ずしも犯罪の成立に必須のものではなく、その呼気検査を求めた際に、運転者が酒気を帯びていたと疑うべき徴候が存すれば足りるものである。もとより、右の場合においても酒臭は通常その徴候の一つというべきものであるけれども、しかし、酒臭が感じられなくても、酒臭帯びを疑う徴候が他に存在する場合もあるから、本件において、酒臭を認めるに足りる証拠がないことから直ちに呼気検査を必要とする客観的状況が存在しないとするのは相当ではない。

関係証拠によれば、本件検問現場は、近くに赤坂、六本木等の遊興飲食地帯をひかえており、深夜という検問時刻からみて飲酒運転が非常に多かつたこと、警察官にとつて、本件検問場所にさしかかつた被告人車が他車に隠れて中央車線の方に進路変更したように見受けられたこと(井ノ口供述によると、検問対象の車の選別を担当していた重信巡査は、走行してくる多数の車の中から被告人車に不審を抱き、一〇台位停止させたうえ、被告人車を検問のため誘導し、井ノ口自身もそれを見ていたというものであるから、右選別の経緯について井ノ口供述に虚偽があるとは考えがたい)、被告人に酒臭があつたかどうかは別としても、被告人は、検問警察官井ノ口の質問に対し、自ら飲酒したことを疑わせるに足りる言動をしたこと、即ち、井ノ口供述によれば、「お酒飲みましたか」との質問に対し、被告人は一応それを否定したものの、「横に乗つていた女の人が飲みました」と答え、「その人はどうしたんですか」ときかれて、「途中で送つてきておろしました」といい、さらに「あなたは飲みましたね」と問われて、「食事の時にウイスキーをちよつと飲みました」と認めるに至つたというのであるが、右供述部分は極めて具体的で自然であり、特に、食事したとの点と女性が同乗していたとの点については、被告人からその話を聞かない限り供述し得ない性質のものと思われるから、右供述部分の信用性は高いといえるし(なお、被告人は、原審第一五回公判に至り、うがい後自車運転席に戻つた時に、警察官に「お前、酒の臭いがするぞ」といわれて否定した際、「さつき女の人が飲んだかな、いやあの時は飲まなかつた」と自問自答したことがあり、それが右井ノ口供述のように作りかえられたように供述するけれども、三時間以上も前に同乗していた女性の酒臭が残つているはずがないことは明白であり、仮に被告人が飲酒しなかつたのであれば、車内に酒臭のないことに自信を持てたはずであるから、被告人が右のように自問自答したというのは、いかにも不自然の謗を免れず、むしろ右井ノ口供述を裏付けているように思われるのである。)一方、被告人自身も、前示のように、警察官から「飲んでますか」ときかれて冗談で「飲んだかな」と答えた旨一貫して供述しており、仮に、これを前提としても、前記のような本件検問の時刻・場所、選別経緯等にかんがみれば、井ノ口巡査が被告人の右言辞をもつて冗談とは受け取らず、アルコールを飲んだ疑いがあると考えたことは当然であり、いずれにしても被告人に飲酒したことを疑わせる言動があつたこと、さらに、前記のように、被告人は、その後検問車のところから自車の運転席に戻つて座り、警察官の再三の説得に応ぜず、その間エンジンキーを差し込んだりしたことが認められる。

以上によれば、本件において、被告人に呼気検査を必要とする客観的状況が存在したことが明らかであり、この点について結論を同じくする原判決の判断は、相当として維持すべきものと考える。もつとも、前記のように、原判決が、被告人に酒臭を感じたとの井の口供述の信用性を全面的に認めたのは誤りといわざるを得ないが、この点は、すでに説示したところで明らかなように、判決に影響を及ぼすものではない。

2  有形力の行使について

被告人は、前記のように警察官に暴行を受けた旨具体的、詳細に供述しているところ、逮捕に引き続き作成された被告人の司法警察員調書(一一月二八日付)でも同様に述べ、また鶴岡も、この点について、被告人が、「腕を無理につかまれたから拒否した、警官が謝罪すれば検査に応じる」と現場での説得中にも述べていた旨供述している。

しかし、逃走とか抵抗の気配を示すような特段の事情もないのに、被告人のいうように、いきなり有無をいわさずに腕をつかんで運転席から引張り出し、検問車のところまで無理矢理連行するとは、通常考えにくい事態であるし、本件において井ノ口巡査がそのような行動に出なければならない必要性も全く窺われないこと、被告人の直前ころに検挙された北奥肇の原審供述によると、当時同人に対して現場の警察官らの口調はていねいであつたこと、被告人のいうところでは、乱暴に連行されたというのに、検問車の入口付近に至つてうがいを指示されたさい、特に抗議もせずにこれに応じたというのも理解に苦しむこと、井ノ口は、うがいのあと被告人が反転して戻りかけたので、その段階で腕をとつたことは認めており、この点は、鶴岡も現場において井ノ口から同趣旨の報告を聞いており、さらに鶴岡は、前示のように被告人の拒否の理由についてもそのまま供述しているのであつて、両名の供述は、一見被告人に有利か、不利かの区別なく事実の経過のままに述べているように見受けられること、前記のように、両名の供述内容は具体的であり、ことさら虚偽を述べているとは考えにくいことなどの事情を考慮すれば、原判決が、車から引張り出されて無理に検問車まで連行されたとする被告人の供述部分を不自然であるとして排斥したことが不合理であるとは認めがたい。したがつて、前記内容の被告人の供述が信用できることを前提とする所論は採用できない。

また、うがいをした以後の状況については、被告人が反転したため井ノ口巡査が追いかけようとして被告人の腕をつかんだことなどの経緯もないではないが、井ノ口巡査はすぐ腕から手をはなしており、しかも被告人はそのまま自車に戻つて座つていることができたのであるから、原判決が、右井ノ口巡査の行為を含めたその後の警察官らの行為は、検査拒否に対し翻意を促すための説得手段として相当と認められる実力行使であり、未だ不相当な行為ということができず、公務の適法性を否定することはできないと判断したのは相当であつたと認められる。本件において所論のように警察官の行為に違法不当な有形力行使があつたとは認められない。

以上、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認はない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑訴法一八一条一項本文により当審における訴訟費用の全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 船田三雄 竹田央 中西武夫)

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